

二子玉川駅から歩いて7分ほどのところにある「こじま小児科クリニック」を訪ねた。院内に入るとオレンジを基調とした明るい待合室があり、プレイスペースと楽しそうなオモチャが置いてある。診察では泣かなかったお子さんが、「もっとここで遊んでいたい」と言って帰りたがらず泣いてしまうこともあるのだとか。「開業して小児科医が自分の天職だと思うようになった」と語るのは院長の小島先生。取材の二日前にお孫さんが誕生されたことを、笑顔で話してくれたことがとても印象的だった。(取材日2008年8月21日)
―医師を目指したきっかけお聞かせください?
父が医師だったので、子供の頃から医師という職業を身近に感じてはいましたね。医師としての父の姿を見て、そう悪い仕事ではないなと感じていました。父は内科医で、勤務医時代は知りませんが、開業してからはのんびりやっていました。内科なので高齢の患者さんが多かったのですが、近所のおじいちゃんやおばあちゃんと世間話をしながら楽しそうにやっていましたね。本気で医師になることを目指したのは高校生になって進路を決める頃。結局その時になって、医師以外の他の職業は思いつかなかったのです。
―どうして小児科の道を進まれたのですか?
今の若いドクターに「どうして小児科を選択したの?」と質問したら、判を押したように「子供が好きだから」という答えが返ってきますが、私の場合、子供が可愛いなと思い始めたのは、小児科医になって日常的に子供と接するようになってからです。実際、小児科医になるまでは子供と接する機会はほとんどありませんでした。医師になるのなら漠然と外科よりも内科系だと思っていましたが、父が内科医だったので、同じ診療科目はなんだか嫌だなという思いもありました。なので、小児科を選択したのは実は消去法で、立派な理由があったわけではありませんでした。
―勤務医時代のことをお聞かせください。
勤務医時代は大学病院で心臓病の子供の患者さんを診ていました。その頃のことを振り返ってみると、辛かったことばかり思い出してしまいます。嬉しいと感じたことの方が何十倍も多かったはずなのですが、いいことってあまり覚えていないのです。学校に行きたくても行けない重い心臓病の子供たちと毎日接していること、常に生きるか死ぬかという赤ちゃんが何人もいて、そういった重症のお子さんを預かっているということが、責任感を超えて本当に大変でした。日曜日で家にいる時も何か違うことをやっている時も、入院している子供たちのことが、四六時中、頭の片隅から離れないのです。やったことがみんな上手くいき、みんなが治れば苦労はないのですが‥‥。辛かったことばかりが強烈に心に残っていますね。