
―整形外科を選んだキッカケは?
医大生は専門を決める前に、いくつか科を回るんです。そのときに「整形外科って比較的医者の中でも、性格が明るい人たちが多いな」という印象があったんです。でも実は僕が特別そう感じたのにも、理由があったんです。当時の教授が、すごく立派な方だったんですよ。医学部には落第している人も少なくないんですが、一般的にそういう人たちは、あまり好んで教授が欲しがられないんです。優秀な人材が欲しいと言ってね。でもその整形外科の教授は、そういう人たちも受け入れる姿勢だったんですね。それで当時、整形外科には落第した先輩たちが結構いたんですが、その人たちはただの遊び人ではないんですよ。人間としてちゃんとしたものを持っている、厚みのある人たちばかりでしたね。そういうところもきちんとわかっている教授だったんですね。その教授のもとにそういう先輩たちが集まっている科だったからこそ、僕は惹きつけられたんだと思います。
―その教授に影響を受けられたんですね。
そうですね。本当にカリスマ的な人でした。「整形外科」というのは、そんなに古い科ではないんですね。僕は北里大学出身ですが、もともとは九州大学が走りの学問でそこから全国に広がったんです。その九州大学出身の教授だったんですが、やはり開拓精神も強い方でした。例えば、教科書に書いてあるようなことをそのまま言うと、手術をやらせてくれないんですよ。「もうちょっと何か考えろ。教科書にのっていることをそのままやるんじゃなくて、もう少し何かやればもっと良くなるんじゃないか」って言うんです。当たり前の方法なんかを言うと、怒ってしまって進まなくなっちゃうんですよ。教授のポリシーは「小さくても、創意を」なんです。だからその教授のもとで勉強したことで、考えて治療することができるようになりましたね。その教授の教え子があみ出した手術方法がいくつもあるんですよ。教育者としても人間としても、魅力のある教授でした。
―卒業後にいくつかの病院に勤務されていますが、思い出深い病院はありますか?
大学病院に半年勤務した後、一番最初に行った東京都の老人医療センターというところの印象が強いですね。というのも、そこは東大出身の先生ばっかりだったので、北里大学とは全くやり方が違うんです。例えば手術をするときに体に掛ける布があるでしょう?その掛け方からして違うんですよ。だから最初のうちは、全然勝手が分からなくってね。でもだんだん慣れてきて「こういう理由で、こうやっているんだな」というのが見えてくるんですよ。その後に勤めたところはだいたい北里大学の関連病院だったので、それほど戸惑いませんでしたけど、そういう手術の「作法」から考え方まで違う場所で働けたのは良い経験でした。