田園都市線の「藤が丘」駅からすぐの場所に立地するかなはら整形外科。診療科目の性格上、痛みを抱える患者さんが多いが、通院には駅の近くがなんといってもありがたい。開業は1995年、現在の地に移動したのが2002年。やさしい物腰の金原院長に話しを伺ってみた。(取材日2007年8月29日)
―いつごろ医者を目指されたのですか?
父が開業医ということが子供心に影響していたのだと思います。父は外科医で、当時は手術をしていて、当然入院患者もいました。開業医で入院患者がいるということは、休日も無く24時間医者として務めなければならないわけです。どんな時間にでも起きて患者さんを診ていた父の姿に尊敬の念を抱いていました。さらに、医者は1対1で患者さんと対峙するわけですが、自分の能力が直接自分に返ってくることに魅力を感じたのかもしれません。高校2年生のときに、父親にではなく叔父に説得されたんです。「医者になるのはどうか」と。実はひそかに建築家に憧れていたのですが、そのとき、医者になろうと決めました。
―最初から外科を専門にすることを考えていらしたのですか?
ええ。医者になろうと決めたときから、外科医を目指していました。外科医というのは、見方によっては肉体労働者といってもいい。自分の体を使って仕事をすることに魅力を感じていましたね。大学は東京慈恵会医科大学に入学し、医学を勉強することの面白みを感じ、充実した大学生活を送ることができました。卒業後は同大学の形成外科で2年間研修医として勤務。その後は、同大学第2外科に入局しました。ここでは一般外科や消化器、乳腺などを診ることになるのですが、通常、形成外科というと診るところがだいたい決まってくるのですが、一般外科に在籍することによって、身体全体を診ることができ、広い視野で患者さんを診るということを学びました。
―その後、整形外科にも携わっていらっしゃいますね。
東京厚生年金病院形成外科の医長として勤務した後、社会福祉法人桜町整形外科に勤務しました。ここは、外反母趾の大家である故・加藤正先生がいらした病院で、先生から整形外科をじっくり学びました。悩んでいる患者さんは多いのに、足を専門にしている整形外科医は意外と少ないんですよ。