
―たくさんの方に支えられてモモタロウ助産院がスタート
さて、モモタロウ助産院がスタートしました。最初は患者さんもわずかだったのですが、退院された方がお友達やご近所の方に紹介してくれたり、口コミで広がったりして、次第に患者さんが増えていきました。忙しい時は、この小さな病院で1ヶ月に18人ものお産があり、ベッドが足らなくなる日も出てきました。それでも「相部屋でもいいからここで産みたい」とおっしゃられる患者さんが来てくれて嬉しかったですね。今ではそんなことはできませんが、当時は産婦さんたちを少しでも休ませてあげたくて、夜は自分の部屋に新生児を連れて行き見てあげたりしました。予算の関係上、トラック置き場を改造した手作りの病室だったので、雨漏りすることもあり患者さんには迷惑をかけたりもしましたが、モモタロウ病院は皆さんに支えられ、振り返れば30年以上の時が流れていました。
―印象深いエピソードはありますか?
たくさんの出産に立会い、いろいろな方に出会ってきましたが、その中でも特に印象に残っている方がいます。その方の出産では、悲しいことに生まれてきた赤ちゃんに先天性の異常がありました。お母さんにとってはとても辛いことです。しかもそのご家庭は、ご主人に仕事がなくて経済的に苦しく、出産費もすぐには払えない状況でした。私は、「一生懸命、育ててくださいね」と言葉をかけ、その方は退院されました。一ヶ月後、訪問検診をした際、赤ちゃんはその時はまだ入院中で見ることはできなかったのですが、お母さんの検診の後に出産費の話をしなければなりませんでした。しかし、ご主人は私を見ると、あらかさまにぞんざいな態度で家を出て行ってしまったのです。ご主人を呼び止めることも、お母さんにお金の話をすることもためらわれて、出産費を頂かないまま月日が経ちました。それきり会うことはなかったのですが、それが5年ほど前、そのお母さんが突然ここへ訪ねて来られたのです。「息子はもう29歳になりました。障害のある身で大変でしたが、福祉にお世話になりながら、なんとかやってきました。」そう言って、未払いだった出産費を持って来られたのです。当時は6、7万円ほどでしたが、それを現在の出産費に換算して35万円を差し出されました。「29年間、ずっと気になっていました。先生には本当に感謝しています。」そのお金は、新聞配達でコツコツ貯めたそうです。「本当によく頑張ったね」と、その方の手を強く握りました。