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1958年、溝の口駅前には田んぼ広がるのどかな田園風景だった。その頃に開業した安藤整形外科病院。あれから約50年、溝の口の街の発展とともに成長し、患者さんも親から子へ、子から孫へと世代が移りつつある。2年前には創設者の安藤先生に代わって加藤篤史先生へと世代交代が行われた。院長の加藤先生にお話をお伺いした。(取材日2007年2月15日)
サラリーマンの生活がピンと来なかった
―どのような子ども時代でしたか?
元気で活発な子どもでしたね。野球が大好きでした。中学は都内の私立校に進学して埼玉にある自宅から片道2時間弱をかけて通学していましたから、野球は続けられなくなってしまいました。小さい頃は、医者ではなくパイロットに憧れていた記憶がありますね。
―医師を志したきっかけを教えてください。
父が産婦人科医でしたからでしょうね。勤務医だった父は、緊急のときは時間を問わず夜中でも病院に呼び出されていましたし、家族旅行も父だけが急遽キャンセルになったりするなど、子どもの頃は父の仕事の都合に振り回されるような時もありました。そんな父の姿を見て、子ども心に嫌な職業だと思っていました。では、どうして医師を選んだのかというと、いわゆるサラリーマンの生活がどんなものなのかピンと来なかったんです。想像がつかないことよりも、嫌な面を見ているとはいえ、父を見て仕事内容の想像のつく医師を選んだということでしょうね。
―整形外科医を選んだ理由をお聞かせください。
4歳上の兄が外科医なのですが、兄が医学部時代に、まだ中高生であった私に医学部内の話を聞かせてくれるんですよ。その時、兄から話を聞いた印象で外科は私には無理だと感じたんですね。外科は他の科に比べて、患者さんの生死に一番近いように思えてしまったんです。まだ若かった私は、人の死と向き合いたくなかったんでしょうね。整形外科は治っていく様子が目に見えてわかりますから、そんなところに魅力を感じて整形外科を選択したのでしょうね。
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