


市ヶ尾駅から2分ほど歩いたところにある「西山耳鼻咽喉科」は、昭和63年の開業以来、地域の患者さんに愛され続けている医院だ。院長の西山哲先生は、「僕自身がアレルギー性鼻炎なので、クーラーの効いた部屋に長時間いるのがだめなのです」と照れながら話してくれた。自分もつらい思いをした病気だからこそ、「何とかしたい」「何とかしてあげたい」という気持ちが強いのだという。今回は、患者さんが気軽に何でも相談できる医院を目指す西山先生にお話を伺った。(取材日2008年8月8日)
―先生はどんなお子さんでしたか?
子供の頃はすぐに熱を出したりお腹をこわしたりしている、体の弱い子供でした。幼稚園の卒園式はお腹をこわして出られなかったし、小学校の修学旅行は熱を出して行けず、行事の度に体調を崩しては病院に行っていましたね。体が丈夫な方ではなく運動オンチだったのですが、大学時代は剣道部に所属して剣道に打ち込んでいました。剣道をやろうと思ったきっかけは、当時、森田健作さん主演で大ヒットした青春ドラマ「俺は男だ!」を見て、「ちょっと剣道をやってみようかな」と刺激されたのです。それほど上手くはならなかったのですが楽しかったですね。
―どうして医師を目指されたのですか?
僕は三重県出身で、実家は旅館を経営していました。高校生の頃、その当時は深夜放送の走りで、マスコミ関係や放送局での仕事に憧れていました。写真が好きだったのでカメラマンを夢見たこともありました。でも「好き」だけではだめで、自分には才能がないなぁと思ってその道は諦めました。高校3年生になって自分の進路を決めるにあたり、叔父と叔母が医師であった為その影響で医学の道に進もうと思いました。
―なぜ耳鼻咽喉科を選択されたのですか?
卒業後は三重に戻って内科医をやる予定だったのですが、事情があって東京に残ることになりました。そんな頃、「耳鼻咽喉科は人が少ないので入らないか?」という知り合いの勧めがあったのです。自分ものどが弱くてよく熱を出していたし、そして何を隠そう私自身がアレルギー性鼻炎。自分もつらい思いをした病気なので、これを自分でなんとかしたいという思いもあり耳鼻咽喉科の勉強を始めたのですが、耳鼻咽喉科の勉強は処置だけではなく手術がとても多くて、初めは予想以上に大変でしたね。