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田園都市線駒沢大学駅から、国道246号沿いを二子玉川方面へ歩くこと7分。学生、会社員、近隣の住人でいつも賑わっているこの街で、平成4年に開業し地域に根ざした医療を行っている「駒沢腎クリニック」。院長の中村良一先生にお話を伺いました。(取材日2006年9月14日)
「将来は医者になるのかな」って漠然と思っていました
―子供の頃から将来の夢はお医者さんだったのですか?
祖父が第二次大戦の時、衛生兵をやっていたせいで、小さい頃から母親に「この子は将来医者にする」ってずっと言われていたから、「将来は医者になるのかなぁ」と漠然と思っていました。ある意味洗脳に近かったかな(笑)。今のこの風貌からは想像できないと思うけど、小さい頃は病弱ですぐ風邪をひくし、腹痛や、皮膚炎などで辛い思いをしました。最初に出来た友達は、かかりつけの病院の息子だったんですよ(笑)。治療してくれる友達の親父の姿を見ていた事も、医者になった理由の一つかな。江戸川区の小岩から父親の仕事の都合で伊豆の伊東市に引越したんですが、そうしたら、今まで病弱だったのがうそのように、元気になったんです。その時はやっぱり環境って影響あるんだなって思いましたね。
―学生時代のお話を聞かせて下さい
成績は中学では常に1番でした。高校は千葉県の公立高校で一番の難関校に合格できました。高校時代の成績は真ん中位かな。高校時代は色んな仲間とも出会え、とにかく楽しかったですね。部活には入っていませんでしたが、フォークソングブームだったからフォークギターを買ってよく弾きました。文化祭の実行委員なんかもやったりしました。よく遊んだ高校生活でした。おかげで大学受験では三浪してしまいましたが(笑)。でも、大学では改心して、ちゃんと勉強もしたので、追試も留年もせずストレートで卒業できました。
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