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人と人がつながって、さらに大きな縁を結ぶ。こうづま歯科医院は、人が自然と調和して美しく暮らしていけるお手伝いをする新しいスタイルのデンタルオフィスだ。たまプラーザ駅南口から徒歩2分、2007年4月9日にオープンしたばかりの「メディカルモールたまプラーザ」の1Fに位置する、目映いばかりの白い外観が印象的。院内は、ともすればビューティーサロンを思わせる程に居心地良くナチュラルな雰囲気。診察室はすべて個室になっており、センスの良い小物が並ぶ。院長の上妻先生と奥様の美穂子さんが、地域の方々の笑顔をより輝かせるべく、気軽に通える歯科医院を目指している。(取材日2007年5月18日)
人と人とのつながり、その大切さを教えられた学生時代
―幼少時代のお話から聞かせていただけますか?
祖父が昭和の始めから歯科医院をやっており、また父も歯科開業医という環境でしたが、歯科の道に進む前は絵を描くことが好きで、将来は美大へ進もうと思っていたんですよ。それが16〜7歳の頃、母に連れられて行ったボランティアで「人のために何かをするということは、楽しく充実したものなんだ」と気付いたんです。また、今思い返してみれば幼い頃、母にプラモデルをやりなさいと言われて、私も色々凝って作っていたんですよね。手先を使ってものを作り上げる点は歯科に通じますから、もしかしたらあの頃から母は歯科の道へ示唆していたのかもしれません(苦笑)。そこで美術と歯科と悩み考えた結果、細かいことをするのも好きですし、ボランティアを通して人のためになることの大切さを実感したことも契機となり、歯科の道を選びました。
―どのような学生時代を過ごされましたか?
幼少時代は家で絵を描くのが好きでしたが、高校生になると友人もたくさんでき、外にいる方が多かったですね。スポーツがすごく好きで、高校の頃はバスケット、大学では、スキー部で競技スキーをやり、同時にサーフィンも始めました。旅行も好きなので、サーフィンをしに旅にもよく出ましたね。大学在学中は、種子島に2週間ほど野宿もしました(苦笑)。自然が好きなんですよね。僕の根底にあるコンセプトは「自然に抗うことはしない」ということ。サーフィンも野宿も、大自然と調和し、ひとつになるということなんです。
―将来こういう歯科医になりたいという思いはありましたか?
大学時代に入っていたスキー部は合宿の連続ですから、お金がかかるんです。そのためアルバイトを色々とやりました。例えばカラオケボックスの店員、工事現場、原宿の竹下通りで帽子やアクセサリーを売ったり。中でも刺激になったのがレストランバーに勤務したことです。飲食業の要ともいえるサービスの基本を学ばせていただきました。そこで人に何かをしてさしあげるということ、人と人とが接することの楽しさを、再燃させてくれたんです。またサーフィンを通じて、様々な出会いに恵まれ、多くの人に良くしてもらいました。そこで、歯科としての一番の喜びは、人と人が接することだと思い、開業医の下でたくさんの人と交流を持つことが大切だと、一も二もなく東京中野の開業医の下で勤務医としてスタートしました。
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