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目指すは、地元密着型の街のお医者さん
―どんな子供時代だったのですか?
小学5年生の時に転校したんですけど、それまでは引っ込み思案で、まったく人と話ができなかったんです。ちょっとしたことでも気に病んで、勝手に気分が悪くなって嘔吐する。親からの期待が大き過ぎたり、気に病むタイプの子供がなるアセトン血性嘔吐症(自家中毒)という病名をつけられていて、すごく手のかかる子供だったらしいんですよ。でも、転校先の小学校が1クラス20人しかいないぐらいアットホームな学校だったんですね。ひとりひとりが委員会の委員長にならないと人数が合わないぐらいで、転校直後、空いていたポストが、集会放送委員会の委員長。集会の司会や放送など、そういう子供にとって最も辛い仕事を無理矢理やらされたんですよ。それからというもの、人前で話すのが大好きになったんですね。今の仕事の基本は、この時に養われたのかなと思います。
―学生時代、クラブや部活動はなさっていましたか?
中学の時は吹奏楽部でコントラバス、高校の時は軽音楽部でギターを弾いていました。当時流行ったプリンセスプリンセスなど、弾いていましたね(笑)。社会人になってからは、5,6年ほどキックボクシングをやっていたんですが、練習試合をやったら怖くなってしまって… 残念ながら辞めてしまいました。今でも格闘技は大好きで、よく観に行きます。現在は、ダイビングに夢中です。大学時代はヨット部でしたし、海が大好きなんですよ。子供みたいなんですが、大きな魚に惹かれますね。2メートルぐらいの大きな鮫を目の当たりにしたり、怖いけど見たいという感じかな。
―今の時期は花粉症が流行っていますが、先生のところの患者さんはいかがですか?
多いですよ。患者さんの7割〜8割は花粉症ですね。鼻炎はあるけど、眼は自覚症状がないという方でも、眼を診てみると表面が傷だらけになっています。花粉症かどうか、アレルギーの検査も行っていますので、お気軽にお声をおかけください。花粉症は発症してしまうと治らないんですが、時期がわかっているのなら、その1カ月前に目薬を入れることでだいぶ楽に過ごせるんですよ。
―今後の展望をお聞かせください。
もっともっと地域に密着していきたいですね。まだまだ地元の方への認知度が低いので、まずは知っていただいて、地域密着型、街のお医者さんを目指しています。田舎にいた時のように、大声あげて、おじいちゃん、おばあちゃんの眼を診ていきたいですね。
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