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本宮歯科医院
本宮勇人院長
たまプラーザ駅 (青葉区) / 歯科、小児歯科、歯科口腔外科、矯正歯科
 

本宮歯科医院 本宮勇人院長 特別取材1 (歯科他/青葉区/たまプラーザ駅)

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たまプラーザ駅南口から歩いて1分もかからない場所に「本宮歯科医院」がある。ここの病院は歯周病でお悩みの方にはぜひおすすめしたい。院長の本宮先生は、全国で800人ほどしかいない歯周病専門医。「しっかり説明をした上で納得できる治療を」をモットーに、歯周病の適切な治療と歯を残すための予防法を指導してくれる。患者さんの歯の健康を親身に考え、本宮先生が特に力を注いでいるのが歯ブラシ指導。今や歯を失う一番の原因は歯周病とも言われ、先生のもとで上手な歯磨きのテクニックを教われば、「80歳になっても20本の歯」が残ることも夢ではないかも。取材中も歯の模型を持ち出して歯磨きのコツを教えてくれるなど、本宮先生の熱意が感じられた。(取材日2008年9月2日)


自分が医師になってみて初めて父の偉大さが分かりました

―医師を目指したきかっけは?

医師になろうと思ったのは父の影響です。物を残す仕事に憧れて、建築家になりたいと思ったこともありましたが、医師である父の姿を見て育ち、自分も人のために役に立つ仕事がしたいと考え医学の道に進みました。ただ、子供の頃は、父はいつも忙しくしていて遊んでもらった記憶がほとんどありません。父はアメリカのライセンスをもっている循環器系では有名な医師でしたが、子供の僕からしたら仕事ばかりしているようなイメージでした。でも、実際に自分が医師になってみると、父が何をしていたのか見えてきました。大学院での歯周病の勉強はとても大変だったのですが、それを経験してみて初めて、父のようにまでなるにはすごく頑張らないとだめなことが分かりました。循環器内科の専門医で他にも得意分野をいろいろ持っている父の凄さに気づき、一流になるまでにはたくさんの努力をしなければいけないのだと思うようになりました。いつも夜遅く帰ってきて、いつも忙しくしていた父。その理由は、自分が医師になってみてから分かりました。

―大学時代の思い出をお聞かせください

大学時代は公式テニス部のキャプテンをしていて体育会系でした。休みなしで練習や試合に行き、テニス漬けの毎日。厳しいキャプテンだったので、後輩は嫌がっていたかもしれません(笑)。たまプラーザ駅の南側、ちょうどこの医院のある辺りはテニスコートがあって、この辺にもよく来ていました。その頃は住宅展示場とテニスコートぐらいしかなく、今とはぜんぜん違う風景でしたね。大学卒業後は歯科の中でも専門的な知識を身に付けたいと考え、歯周病学教室大学院に入りました。大学では歯科の全般的なことを学ぶので、それほど勉強が大変とまでは思わなかったのですが、歯周病学教室大学院の4年間は本当に大変でした。朝から夜まで大学院にいて、予防や歯周組織再生の研究や勉強を一日中やっていましたね。無事、博士号を取得し専門医の資格を得ることができました。その後は下北沢の病院で院長として4年弱勤めました。

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